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(たいけんもんいんのほりかわ)
<12世紀頃> |
神祇伯(じんぎはく)・源顕仲(みなもとのあきなか)の娘。崇徳院の生母、待賢門院(たいけんもんいん:鳥羽院の中宮・璋子(しょうし)に仕えて「堀河」と呼ばれました。待賢門院璋子の出家に合わせて、堀河も一緒に出家し生活をともにしています。院政期歌壇の歌人として、崇徳院に認められていました。女房三十六歌仙の一人です。 |
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『千載集』恋三・802 |
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(昨夜契りを結んだ)あなたの心が末永く続くかどうかわかりません。お別れした今朝はこの黒髪のように心乱れて、物思いに沈んでいますよ。 |
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この歌は、崇徳院の命で作られた「久安(きゅうあん)百首」にあるものです。(「久安百首」は、いくつかのテーマごとに歌を詠んで合計で百首にしたもの。)男が届けてきた後朝(きぬぎぬ)の歌に対する返歌という趣向で詠まれました。平安時代というのは男性が女性の家に行って一晩を明かしました。「後朝」というのはその翌朝のことで、男が家に帰った後、女の許へ一首詠んで贈るという慣習があったのです。それに対する返歌というわけです。「『いつまでも末長くあなたのことが好きですよ』と後朝の歌をいただきましたが、その言葉はどこまで本当なのでしょうか。お別れした後、あなたの心をはかりかねて、寝乱れたこの黒髪のように、心乱れて思い悩むばかりです。」という女性の思いが表現されています。平安時代には、長く豊かな黒髪は、女性美の象徴でした。その髪の乱れと心の乱れを重ねているのです。「黒髪の乱れて」という描写は、一夜をともにした後の色めかしい雰囲気が漂い、男性の気を引く平安女性の愛のテクニックともいえます。 |
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【長からむ心】
「末永く変わらない(相手の男の)心」の意味です。「む」は推量の助動詞。「長し」と後の「乱れて」は「黒髪」の縁語です。
【知らず】
「ず」は打消の助動詞の連用形で、「(相手の心を)はかりかねて」というような意味です。
【黒髪の乱れて】
「黒髪が寝乱れて」という意味ですが、下の「今朝はものをこそ思へ」にも続いて「心が乱れて」という2重の意味になります。
【今朝は】
そのまま「今朝は」という意味ですが、男女が共に寝た翌朝、すなわち「後朝(きぬぎぬ)」であることを表しています。
【ものをこそ思へ】
「こそ」は強意の係助詞で「思へ」は四段活用動詞「思ふ」の已然形。「こそ~思へ」で係結びになっているので、「もの思いをすることですよ」と余情をこめて詠嘆的に訳します。 |
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●待賢門院(たいけんもんいん:鳥羽院の中宮・璋子(しょうし))に仕えて「堀河」と呼ばれました。京都市右京区にある五位山法金剛院(ほうこんごういん)は平安末期に待賢門院により再興された寺です。 |
●法金剛院(ほうこんごういん)は「蓮(はす)の寺」として有名です。庭園内に「長からむ」の歌碑があります。 |
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●56番・和泉式部の「黒髪の 乱れも知らず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき」(恋に思い乱れ、髪を乱したまま床にうちふす。その時に優しく髪をかき上げたあの人が恋しい。「後拾遺集」)と並んで黒髪の歌の名作です。定家の本歌取りに「かきやりし その黒髪の 筋ごとに うち臥すほどは 面影ぞ立つ」(私の手でかきやった黒髪のその一筋一筋がはっきりと見えるように、あの人の面影が私の目に浮かんで見えることだ。「新古今集」)があります。
●長く豊かでつややかな黒髪は、平安美人の最重要条件でした。後朝の歌である「長からむ」の歌の前シーンを詠った「黒髪の 別れを惜しみ きりぎりす 枕の下に 乱れなくかな」(「待賢門院堀河集」)は、同じように「黒髪」「乱れ」を暁の別れに結びつける着想の歌です。
●黒髪の乱れ、という女性の愛の表現は、後世の与謝野晶子の短歌「黒髪の 千すじの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ おもひみだるる」(私の豊かな千すじもの黒髪は乱れています、そして私の気持ちもあなたへの恋心に思い乱れ、さらに思い乱れています。)に引き継がれていきます。 |
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●平安時代には、長く豊かな黒髪は、女性の美しさの象徴でした。その髪の乱れと心の乱れを重ねているのです。 |
●小倉百人一首の編纂の舞台となった嵐山・嵯峨野では、100基の歌碑めぐりを楽しめます。「長からむ」の歌碑は、中之島公園よりさらに下流にある嵐山東公園にあります。 |
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