恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

★世間のうわさは早すぎる？VS兼盛の恋歌★

（みぶのただみ） <生没年未詳、10世紀半ば>

30番・壬生忠岑（みぶのただみね）の子どもです。父とともに三十六歌仙の一人で、平安時代に栄華を誇った村上天皇の時代に高く評価され活躍した歌人です。忠見の歌と40番・平兼盛の歌「しのぶれど」は、村上天皇が主催した天徳4（960）年の「天徳内裏歌合」で、「忍ぶ恋」の題で優劣を競ったものです。身分の低さや貧しさを卑下することなく、風流に変える見事さがある歌人でした。

『拾遺集』恋一・621

恋しているという私のうわさがもう広まってしまったよ。誰にも知られないように、心ひそかに思いはじめたばかりなのに。

40番・41番は「忍恋」の組み合わせとなっています。「あの人に恋しているの？」「誰か好きな人がいるのでは？」などと人々がうわさしています。誰にもさとられないよう、思いはじめたばかりだというのに。しかし、第三者にはよくわかるものなのです。急にきれいになったり、ぼんやりしていたり…。この歌は恋心を見抜かれてしまったとまどいや、気持ちのゆらぎが分かりやすく伝わってきます。当時、忠見は摂津（せっつ：兵庫県）国の役人として田舎暮らしをしていましたが、好きな人ができ、その人へ思いを詠んだのがこの歌だといわれています。「天徳内裏歌合（てんとくだいりうたあわせ）」で技巧のさえた40番・平兼盛の歌に負けてしまいますが、歌合の判者だった藤原実頼も「右（忠見）の歌、甚（はなは）だよし」と心の中では思っていたようで、「とてもよい」と記録しています。歌合の後もどちらの歌が優れているかという議論が絶えませんでした。後世、飾らない素直な詠みぶりの忠見の歌をほめる者が後を絶たなかったといいます。

【恋すてふ】 　「てふ」は「といふ」がつづまった形で、「チョウ」と発音します。「恋をしているという」という意味です。 【わが名はまだき】 　「名」は世間の噂や評判を意味しています。「まだき」は「早くも」という意味の副詞です。「私の噂がもう」という意味になります。 【立ちにけり】 　「立ち」は動詞「立つ」の連用形で、「けり」は今初めて気付いた感動を表す助動詞です。「立ってしまっていた」という意味でここまでで「恋しているという私の噂が早くも立ってしまっていた」という意味になります。 【人知れずこそ思ひそめしか】 　「知れ」は動詞「知る」の未然形で、「知られる」の意味になります。「思ひ初（そ）め」は、「恋はまだはじまったばかり」という意味です。「しか」は過去の助動詞「き」の已然形ですが、係助詞「こそ」の下に已然形が続く場合は、「…だけれども」という逆接になります。よって全体で「他人に知られないよう、密かに思いはじめたばかりなのに」という意味です。

●天徳四年内裏歌合は歴史に残る歌合のベストワンといえます。歌合とは与えられた題にそう歌を一首ずつ出し合って、その優劣を競います。

●小倉百人一首の編纂の舞台となった嵐山・嵯峨野では、100基の歌碑めぐりを楽しめます。「恋すてふ」の歌碑は、亀山公園にあります。

●「天徳内裏歌合（てんとくだいりうたあわせ）」は、歌壇を総結集した大きな催しで、オールスター戦ともいうべき晴れ舞台でした。それぞれ左右に分かれて一首ずつ詠み、一組ごとに優劣を競います。最後の20番で左の兼盛と右の忠見が「忍ぶ恋」の題で対決したのです。大きな歌合でいい歌を詠めば名が残り、子孫に至るまでその恩恵を受けることが出来ます。歌合は人生をかけた戦いだったのです。この時の判者は左大臣藤原実頼（さねより）、補佐役が大納言源高明（たかあきら）でした。判定をつけかねた実頼が高明に判定を譲りましたが、高明も決められません。村上天皇がひそかに「しのぶれど」と口ずさまれたのが聞こえたので兼盛の歌を勝ちにしたそうです。決めてなお実朝は、首を傾げていたといいます。 ●無住（むじゅう）の著した「沙石集(しゃせきしゅう、またはさせきしゅう)」には、歌道に執心する物語として語られています。勝負に負けて不食の病になった忠見は、見舞いに訪れた兼盛に対して「あの歌には自信があったのですが、あなたの歌を聞いて驚き、胸がふさがってしまったのです。」と打ち明け、ついには亡くなったと記されています。歌合は、歌人としてのプライドをかけた真剣勝負だったことがうかがえます。 ●「袋草紙」によると、内裏歌合に歌人として召された時、忠見は田舎で貧しい生活を送っていたので、田舎装束のまま上京しました。その装束は後々まで持っていて肩にかけて人に見せたそうです。

●40番、41番とも名歌で判者は困りました。村上天皇が40番・兼盛の歌を口ずさんだため、忠見の歌が負けと決まりました。

●あなたはどちらの恋の歌が好きですか。※忠見の人形