春すぎて 夏来にけらし 白妙の  衣ほすてふ 天の香具山 ★夏の訪れは何色?藤原京から眺める天の香具山★ 百首 一覧
天智天皇
(じとうてんのう)
<645年~702年>
第41代天皇。1番・天智(てんじ)天皇の第2皇女で、讃良皇女(さららのひめみこ)。叔父の大海人皇子(おおあまのみこ:後の天武天皇)の妻となり、壬申の乱に勝利しました。息子の草壁皇子の死により持統天皇として即位し、藤原宮に都を移しました。「大宝律令」を編纂させるなど、律令政治の土台を固めた天皇です。 出展 「新古今集」夏・175



現代語訳

 いつの間にか春が過ぎて、夏がやってきたらしい。夏になると真っ白な衣を干すといわれている天の香具山に。(あのように衣がひるがえっているのですから)。
 鑑 賞 
  天の香具山は奈良県橿原市にあり、畝傍(うねび)山、耳成(みみなし)山と並ぶ大和三山(やまとさんざん)の一つです。うずくまるような姿が美しく、古代から神の山として信仰されていました。持統天皇が政治を行っていた藤原京(現在の奈良県)からは、東南の方角にこの山がながめられたようです。夏の訪れが山の緑と布の白で象徴されています。「万葉集」では、「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山」になっています。「ほしたり」は「干してある」で、実際に目にした風景を詠んでいます。原歌が歌われた奈良時代の頃には実際に衣を干していたのでしょう。天の香具山に仕える巫女(みこ)の衣や、儀式に用いられた布ではないかと考えられています。それから300年、平安貴族たちの時代には、もう衣を干すこともなくなりました。日常生活の中でふり仰ぐ山から、遠い歌枕の世界の山となってしまったのです。「新古今集」に再録された時には、「衣ほすてふ」と伝聞の形をとることで、天の香具山に夏衣を干すという伝説を連想させます。明るく力強い万葉ぶりから、平安朝風のやわらかい詠みぶり変化しています。
止
下の句 上の句
ことば
【夏来にけらし】 
「けらし」は「けるらし」が縮まったもの。「らし」は目の前に確かな根拠があって推定する言葉です。現代でいえば「らしい」にあたり、「夏が来たらしい」という意味です。
【白妙の】 
「白妙(しろたえ)」とは、コウゾなどの木の皮の繊維で織った真っ白な布のこと。夏の神事にかかわる「小忌衣(おみごろも:古代の祭服)かもしれません。「衣」にかかる枕詞です。
【衣ほすてふ】 
「衣を干すという」との意味で、「てふ」は「といふ」が縮まった形です。
【天の香具山】 
奈良県橿原市にある低い山で、大和三山の一つです。この山は天から降りてきたという伝説があり、「天の」が頭につきます。古くから神聖な山とされ、歌に詠まれてきました。奈良時代は「あめのかぐやま」、平安時代は「あまのかぐやま」と読みました。三つの山は、ほぼ正三角形に位置していて、持統天皇が築いた藤原京を囲んでいました。
●橿原市は万葉の都。大和三山の畝傍山(199m)、香具山(152m)、耳成山(148m)がちょうど正三角形をなして、持統天皇のいた藤原京跡を取り囲んでいます。神話では、畝傍山を女性に見立て、耳成山と香具山が奪い合ったという話も残っているそうです。 藤原京の跡には田園風景が広がっています。香具山の南にある飛鳥資料館に行くと復元模型が見られます。
 作品トピックス
●「万葉集」にも香具山を詠んだ歌があります。「ひさかたの 天の香具山 このゆふべ 霞(かすみ)たなびく 春立つらしも」(香具山に、この夕方に、霞がたなびいている。春が来たのだなあ。)春の間は霞におおわれていた香具山が、初夏の日差しに照らされて姿を見せると、人々は衣がえの準備をしたといわれています。
●白妙の衣は初夏に咲く卯の花の比喩だという説もあります。定家の歌集「拾遺愚草」に「白妙の 衣干すてふ 夏の来て 垣根もたわに 咲ける卯の花」とあり、定家自身は白衣に卯の花の姿を見ていたようです。
●衣とはみそぎをする乙女たちの白い衣とする説や、山に咲く卯の花(ウツギの別名)だという説もあります。 ●小倉百人一首の編纂の舞台となった嵐山・嵯峨野では、100基の歌碑めぐりを楽しめます。「春過ぎて」の歌碑は、常寂光寺と二尊院の間の長神の杜公園にあります。