あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む ★長~い長~い秋の夜に、一人思うことは?★ 百首 一覧
天智天皇
(かきのもとひとまろ)
<不明~709,710年頃?>
2番・持統天皇、文武天皇に仕えた宮廷歌人で、三十六歌仙の一人。生涯を下級官吏として過ごし、草壁皇子(くさかべのみこ:持統天皇の息子)の舎人(とねり)などを務めました。「万葉集」の代表的歌人で、長歌20首、短歌75首が収められています。人麻呂の歌は勅撰集に248首が入り、後世にも大きな影響を与えています。平安時代は「人麿」。 出展 「拾遺集」恋3・773



現代語訳

 山鳥の尾の、長く垂れ下がった尾のように、長い長い夜を(恋しい人にも逢えないで)ひとりさびしく寝ることになるのだろうか。
 鑑 賞 
 秋の夜は長い…。考えるのは、あの日出会った美しいあなたのこと。いったいあなたは今ごろ何を考えているのだろう。夜はいつまでも明けない。山鳥の尾のように長い秋の夜、恋しい人との共寝もなくひとり寂しく寝るのだろうか。「秋の夜長」は万葉の昔から日本人の共通する思いだったようです。また山鳥は、昼は雄と雌が一緒にいて、夜になると峰(みね)をへだてて別々に寝ると考えられていたので、恋しい人を思いながらひとり寝をする時の表現に使われました。つれない女性を想って一人過ごす夜の長いこと。秋は寂しさがいっそうつのります。上の句すべてが「長々し」にかかる序詞になっていますが、山鳥の長くたれさがった尾は、秋の夜の長さを視覚的に浮かび上がらせる効果をもっています。「山鳥の尾の しだり尾の」と「の」音で語尾を合わせて美しいリズムを作っています。この句切れのない、なだらかな読みぶりが新古今時代に評価されたといえます。
止
下の句 上の句
ことば
【あしびきの】
山に関係した言葉にかかる枕詞で、「山」や「峰」の前に置かれます。ここでは「山鳥」にかかっています。上代は「あしひきの」と澄んで読みました。枕詞は「万葉集」に多い技法です。
【山鳥の尾の】
「山鳥」は日本の山にいるキジ科の野鳥で、雄は全長120㎝前後で、自分の体より長い尾を持っています。そのため「長いこと」を表す時に使われます。「の」は連体格助詞で「…で」や「…であって」の意味です。全体で「山鳥の尾であって」のような意味になります。
【しだり尾の】
「しだる」は「下に垂れる」という意味の動詞で、連用形「しだり」に「尾」が付いた名詞です。「の」は「のような」の意味の格助詞で「下に垂れる尾のような」の意味。最初からここまでが、「長々し夜」を導き出す序詞になります。
【長々し夜を】

長い長い夜のこと。「長し」を重ねることで強調しています。

【ひとりかも寝む】
「(逢いたい人にも逢えないで)ひとり(寂しく)寝るのだろうかなあ」という意味。「ひとり」は「ひとりで」という意味の副詞です。「か」は疑問の係助詞、「も」は強意の係助詞、「む」は推量の助動詞です。
●平安時代になると、古今の優れた歌人への尊敬の思いが強くなりました。11世紀には歌仙として人麻呂の像を描かせることが始まっています。やがて、人麻呂の画像を飾って歌道精進を祈る人麻呂影供(えいぐ)の歌会が行われるようになりました。 ●人麻呂は「万葉集」の代表的歌人ですが、下級の文官で草壁皇子の舎人(とねり)などを務めました。衣服が縹(はなだ)色=薄い青色であり、平礼烏帽子(ひれえぼし)に描かれていることからも分かります。
 作品トピックス
●この歌は「万葉集」巻11にあります。2802 よみ人知らずの歌「思へども 思ひかねつ あしひきの 山鳥の尾の 長きこの夜を」(なんとしても思案しかねる、山鳥の尾のように長い一晩中)の左注に「ある本の歌には『あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む』とある」と記されています。平安時代に「柿本人麿集」にこの歌が収められたことによって、人麻呂の代表作として定着しました。
●62番・清少納言「枕草子」38段に山鳥について「山鳥、友を恋ひて、鏡を見すれば慰むらむ、心若う、いとあはれなり。谷隔てたるほどなど、心苦し」(山鳥は、仲間を恋しがって、鏡を見せると安心するそうだが、その子供っぽいところがなんともあわれだ。雄と雌が谷を隔てて寝るというが、気の毒で見ていられない)という記述もあり、万葉時代から山鳥は峰(みね)を隔てて寝ると信じられていたようです。 
「山鳥」は日本の山地にすむキジ科の野鳥です。雄は全長120㎝前後で、自分の体より長い90㎝にも達する尾を持っています。 ●柿本人麻呂は、奈良や近江国、大阪、遠くは九州などを旅しながら歌を詠み、「万葉集」に数多く の歌を残しています。小倉百人一首の編纂の舞台となった嵐山・嵯峨野では、100基の歌碑めぐりを楽しめます。「あしびきの」の歌碑は、亀山公園にあります。