かささぎの わたせる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける ★幻想的な冬の夜―七夕伝説のかささぎの橋とは?★ 百首 一覧
中納言家持
(ちゅうなごんやかもち)
<718年頃~785年>
奈良時代後期の人、大伴家持(おおとものやかもち)です。三十六歌仙の一人で、大伴旅人(おおとものたびと)の息子です。「万葉集」の編纂(へんさん)の中心人物であったと思われ、「万葉集」に一番多い473首の歌が収録されています。平安時代に「家持集」に収められたことで家持の歌となったようです。 出展 「新古今集」冬 ・ 620



現代語訳

 七夕の夜、彦星(ひこぼし)と織姫(おりひめ)星を逢わせるために、かささぎが翼を連ねて渡したという天上の橋に、白く霜が下りたようになっているのを見ると、もう夜はすっかりふけてしまったのだなあ。
 鑑 賞 
 この歌には、2つの解釈があります。一つの説は、「月落ち烏(からす)鳴いて、霜(しも)天に満つ」という唐詩の一節をもとに、冬の澄みわたる夜空の星を、白い霜に見立てたというものです。冬の夜空を見上げると、天の川に輝く星が美しく、七夕伝説を思い出します。「かささぎの橋」というのは、中国の伝説、七夕の織姫と彦星の話に出てきます。陰暦7月7日の七夕の夜、年に一度だけ、たくさんのかささぎが天の川に翼を広げて橋をかけ、織姫の元へ彦星が渡って行けるようにしたという伝説と、霜の降る夜空を重ねあわせているのです。もう一つの説は、「かささぎの橋」を平城京の御殿の階段になぞらえたという説です。(宮中はよく天上界になぞらえます。)「橋」と「階(はし)」の音が同じことからきたものです。宮中の夜の見張り番、宿直(とのい)をしている作者が、紫宸殿(ししんでん)の階段に霜が降り積もっているのを深夜に見て、「天上をつなぐ階段に霜が積もり、白々と輝いている。冬の夜も更けたものだ」と感じているという歌になります。天上の橋か、宮中の階段とするかの違いはありますが、冬の夜の冴(さ)えた空気が伝わってくる幻想的な美しさは変わりありません。
止
下の句 上の句
ことば
【かささぎの渡せる橋】 
天の川のこと。中国の七夕伝説では、織姫と彦星を七夕の日に逢わせるため、たくさんのかささぎが翼を連ねて橋を作ったとされています。「かささぎ」はカラス科の鳥です。全長約45cm。尾が長く、肩と腹が白く、ほかは緑色光沢のある黒色。日本では佐賀平野を中心に九州北西部にだけみられ、人里近くに住んでいます。かちがらすとも呼びます。平安時代には日本に生息していませんでしたが、中国の七夕伝説が有名で名前を知っていたのでしょう。現在、佐賀県では、県民からの一般公募によりかささぎは県鳥とされています。
【おく霜の 白きを見れば】 
「霜」はここでは「天上に散らばる星」のたとえとなっています。 「月落ち烏(からす)鳴いて、霜(しも)天に満つ」という張継(ちょうけい)作の唐詩「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」の一節がもとになっていると言われます。
【夜ぞふけにける】 
「ぞ~ける」で係結びになり、詠嘆の助動詞「けり」は連体形の「ける」になります。
●三重県松阪市には鵲橋の碑があり、家持の歌が刻まれています。毎年8月7日には鵲七夕まつりが行われます。 ●橋については、2つの説があります。①天の川にかささぎが翼を連ねて渡したという天上の伝説の橋。②平城宮の白く霜が下りた階段。写真は平城宮大極殿です。 
   
 作品トピックス
百人一首に採られたこの歌は「万葉集」にはなく、本人の作ではない可能性が高いといいます。12世紀の初めに編纂された「家持集」に収められた歌ですが、「家持集」は本人の歌とは関係のない自然詠の歌を集めた歌集で、どうやら定家の父である83番・藤原俊成が家持の代表歌としたらしいのです。
●鵲の橋は、七夕の夜、彦星・織姫の二星が会うとき、カササギが翼を並べて天の川に渡すという想像上の橋です。男女の契りの橋渡しのたとえにも用います。「和泉式部日記」にも七夕の様子が描かれています。七夕伝説にちなんで、7月7日は平安貴族たちがさかんに恋の歌を作り、贈り合ったようです。24番・菅原道真の歌にも「彦星の 行合を待つ かささぎの と渡る橋を われにかさなん」があります。
●織姫と彦星が年に一回出会う七夕伝説は古くから三重県松阪市星合町に伝わっていて、天の川に架けられた鵲にちなんだ鵲橋(かささぎばし)と、そのたもとに家持の歌碑が建てられています。また、毎年8月7日には地元の子どもたちによる鵲七夕祭りが行われます。
かささぎはカラス科の鳥ですが、緑色を帯びた光沢のある黒色で、肩や腹、羽根の一部が白い鳥です。(佐賀県の天然記念物)三重県松阪市立鵲小学校に飾られた標本の写真です。 ●小倉百人一首の編纂の舞台となった嵐山・嵯峨野では、100基の歌碑めぐりを楽しめます。「かささぎの」の歌碑は、 常寂光寺と二尊院の間の長神の杜公園にあります。