連歌会を終え、蓮生の山荘を後にした定家は、小倉山を望む道をとぼとぼと歩きながら、思いを巡らしている。あの部屋の障子にはどんな和歌がふさわしいだろう。それにもまして、蓮生様には満足していただけるようにしたい。そんなことを考えているうちに定家は自宅にたどり着いた。 |
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![]() 藤原定家 |
さてさて、障子和歌、引き受けてはみたものの、これまでの勅撰集のように歌仙と呼ばれる歌人だけでなく、いろいろな工夫が必要だな。ちょっとまとめてみるか。 い 不運な運命に出会った歌人を選び入れ、その思いを込める。 ろ 和歌堪能な歌人の歌は選び入れる必要あり は 障子の景観を損ねない。 →選歌順に変化をつける。(女性ばかりの一連、男性ばかりの一連、恋の歌は基本・・) に 浄土宗の世界観を入れる。→善導大師「二河白道のたとえ」を組み込む。 |
藤原定家 | これだけでは、何か物足りない。蓮生様には、喜んでもらいたいからね。山荘にはとても美しい庭があったことも考えに含める必要がある。じゃあ、これも付け加えるか。 ほ 蓮生様と親しかった歌人(藤原公任 等)を選び入れる。 へ 秋の歌、特に紅葉の和歌を多く取り入れる。 |
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もちろん、この障子和歌も、私が選者ということも暗に示したいね。私が中納言だから、その誇りを示すこととしてなるべく、私と同様の初句にある歌人を取り上げるか。もちろん、基本ははずせないね。 と 中納言、権中納言(定員外の中納言)を多く取り入れる。 ち 二首一対(同じ句、同じ意味、同じ詞等でつながる和歌)の構造は基本 |
藤原定家 | よし、これでいくとしよう。 |
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<解説> 実際の百人一首には、もっといろいろなしかけがあったようです。 「は」では、実際に56番から62番までは女性歌人が並べられていたり、3番から6番、27番から36番までは36歌仙がつながっていたりします。 「に」の二河百道(にがびゃくどう)の喩えとは、「そこにはしばしば滝の川が流れ、松や桜、紅葉などの四季の景物が添えられる。しかし、これは現世ならではの移ろう時間を示すもので、つまりは無常の象徴である」ということであす。蓮生が、この苦に満ち、無常に満ちた現世を描くことを依頼したのだと定家は考えたようです。「教えの習わし 参照」 「へ」は、実際に百人一首では紅葉または紅葉の名所やそれを連想させる和歌が1/4を越える26首も選ばれています。 「ち」は、百人一首には、同じ句が同じ場所に入る和歌だけでも20組も存在しています。 |