金 沢
陰暦  7月15日
(8月29日)
 卯の花山・くりからが谷をこえて、金沢は七月中の五日なり。ここに大坂よりかよふ商人何処といふ者あり。それが旅宿をともにす。一笑といふものは、この道にすける名のほのぼの聞えて、世に知る人も侍りしに、去年の冬早世したりとて、その兄追善を催すに、
      塚も動けわが泣く声は秋の風
ある草庵にいざなはれて
      秋涼し手毎にむけや瓜茄子
途中唫
      あかあかと日はつれなくも秋の風
 朗 読


止
塚も動け わが泣く声は 秋の風
つかもうごけ わがなくこえは あきのかぜ

秋涼し 手毎にむけや 瓜茄子
あきすずし てごとにむけや うりなすび

あかあかと 日はつれなくも 秋の風
あかあかと ひはつれなくも あきのかぜ
 卯の花山や倶利伽羅が谷を越えて、金沢に着いたのは七月十五日のことである。この地に大坂から通ってくる商人の、何処という者がいる。その何処が泊まっている宿に私たちも泊まった。
 一笑という者は、この俳諧の道に心を込めている評判が、私のところにまで時々聞こえてくるくらいで、世間で彼を知る人もあったが、去年の冬に早死にしたということで、彼の兄が追善の供養を行ったので、それに合わせて句を詠んだ。
      塚も動けわが泣く声は秋の風
   
<私に会えずに死んだ一笑よ、私の悲しみが激しい秋風となって墓も動かさんばかりだ。>
      ある草庵に招かれて詠んだ句
      秋涼し手毎にむけや瓜茄子

   
<秋の涼しさがみちあふれているよ、この草庵では。もてなしの瓜や茄子を、さあみんなでいただこうではないか。>
旅の途中で詠んだ句
      あかあかと日は難面もあきの風
   
<赤々とした夕日は無情にももう西に傾いている。そしてあたりには秋風が心細く吹き始めているよ。>

 
 ※ 現代語訳 土屋博映中継出版「『奥の細道が面白いほどわかる本 」中経出版の超訳より
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