陰暦 7月27日
(9月10日) |
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温泉に浴す。その効有明に次ぐといふ。
山中や菊はたをらぬ湯の匂
あるじとする者は、久米之助とていまだ小童なり。かれが父俳諧を好み、洛の貞室若輩のむかしここに来りしころ、風雅に辱しめられて、洛に帰りて貞徳の門人となって世にしらる。功名の後、この一村判詞の料を請けずといふ。今更昔語りとはなりぬ。
曾良は腹を病みて、伊勢の国長島といふ所にゆかりあれば、先立ちて行くに、
行き行きてたふれ伏すとも萩の原 曾良
と書き置きたり。行くものの悲しみ、残るもののうらみ、隻鳧のわかれて雲にまよふがごとし。予もまた、
今日よりや書付消さん笠の露 |
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やまなかや きくはたおらぬ ゆのにおい
ゆきゆきて たおれふすとも はぎのはら(そら)
きょうよりは かきつけけさん かさのつゆ |
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山中温泉に入浴する。その効果は有馬温泉に次ぐという。
山中や菊はたをらぬ湯の匂
<山中温泉につかると心地よいなあ。長寿のもとと言われる菊など折ったりしなくても、湯の香りだけで十分に命が延びる感じがするよ。>
泊まっている宿の主人は久米之助と言って、まだ少年である。この子の父親が俳諧を好んでいて、あの京都の安原貞室が若く未熟だった昔に、ここにやってきた頃に、俳諧のことでこの久米之助の父によって恥をかかされて、京都に帰ってあの有名な松永貞徳の弟子となって世の中に知られるようになった。そこで貞室は名を上げたのち、この山中村の人からは俳諧の添削料を受け取らなかったということだ。それも今となっては昔話となってしまった。曾良はお腹を壊して、伊勢の国長島というところに知り合いがいるので、そこに向かって私よりもひと足先に出かけるということで、
行き行きてたふれ伏すとも萩の原 曾良
<旅を続け続けたあげくに倒れて死んだとしても、萩の原で死ぬのならば本望だ。曾良作。>
と書き残していった。先に行く者の悲しみ、またあとに残された者のつらさ、それは仲間と別れた鴨が雲間で迷うようなものだ。私もまた、このように詠んだ。
今日よりや書付消さん笠の露
<今日からは曾良と別れて一人旅となってしまった。同行二人と書いた笠の書き付けも消してしまおう、笠についた露を使って。>
※ 現代語訳 土屋博映中継出版「『奥の細道が面白いほどわかる本 」中経出版の超訳より |
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