市 振
陰暦  7月12日
(8月26日)
 今日は親しらず子しらず・犬もどり・駒返しなどいふ北国一の難所を越えてつかれ侍れば、枕引きよせて寐たるに、一間隔てて面の方に、若き女の声二人ばかりときこゆ。年老いたるをのこの声も交りて物語するをきけば、越後の国新潟といふ所の遊女なりし。伊勢参宮するとて、この関までをのこの送りて、あすは故郷にかへす文したためて、はかなき言伝などしやるなり。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契り、日々の業因いかにつたなしと、物いふを聞く聞く寐入りて、あした旅立に、我々にむかひて、「行方しらぬ旅路のうさ、あまり覚つかなう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍らん。衣の上の御情に、大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ。」と涙を落す。「不便の事には侍れども、我々は所々にてとどまる方おほし。ただ、人の行くにまかせて行べし。神明の加護かならず恙なかるべし。」といひ捨てて出でつつ、哀さしばらくやまざりけらし。
       一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば書とどめ侍る。
 朗 読


止
一家に 遊女もねたり 萩と月
ひとつやに ゆうじょもねたり はぎとつき
 今日は、親しらず子しらず・犬もどり・駒返しなどという北国一番の難所を越えて疲れたので、枕を引き寄せて寝ていたところ、ひと間を隔てておもてのほうの部屋で、若い女の声がして二人ほどと聞こえる。年を取った男の声も混じって世間話などするのを聞くと、越後の国・新潟というところの遊女であった。お伊勢参りをすると言って、この市振の関まで男が送ってきて、明日は故郷に帰す手紙を書いて、ちょっとした伝言などしているようである。白波が打ち寄せる海辺の町に、遊女として身をさすらわせ、漁師の子のように、この世であきれるほどひどく落ちぶれて、その日その日の客とあてのない契りを交わすという生活の日々を送る私たちの、前世の因縁はどのように悪いものかと話をするのを聞きながら寝込んでしまって、翌朝旅立つときに、私たちに向かって、「どう行ってよいかわからない旅路のつらさで、あまりにも不安で悲しくございますので、見え隠れ程度でよろしいですから、あなたさまのおあとをついていきたく思っております。僧衣を身につけていらっしゃるお情けとして、仏さまの大きな慈悲をお恵みくださって、仏道との縁を結ばせてくださいませ」と涙を流す。「気の毒なことではございますが、私たちはあちらこちらで寄り道するところが多いです。あなたたちはただ、人が行くのに任せてあとをついていきなさい。伊勢神宮の神のお守りがあって、きっと無事に着くことができましょう」と言い置いて出発しつつも、気の毒な気持ちがしばらくの間は収まらなかった。
      一家に遊女もねたり萩と月
   
<一軒の家に私たちと隣り合わせに遊女も寝ていたよ。それはまるで地上の萩と天上の月のような組み合わせであったよ。>
曾良に話すとそれを書き記してくれた。


 
 ※ 現代語訳 土屋博映中継出版「『奥の細道が面白いほどわかる本 」中経出版の超訳より
    
◆ 北国一の難所「親知らず・子知らず」を無事越えたので、みんなに拍手を10回してもらう。
 
クイズにチャレンジ!
クイズに答えてさらにポイントを獲得しよう!
さあ、サイコロをふって、次のマスへどうぞ

市振 那古の浦 金沢 小松 那谷寺 山中温泉 全昌寺
陰7/12
(8/26)
陰7/14
(8/28)
陰7/15
(8/29)
陰7/25
(9/8)
陰8/ 5
(9/18)
陰7/27
(9/10)
陰8/ 8
(9/21)