陰暦 5月 9日
(6月25日) |
|
|
|
抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、およそ洞庭・西湖を恥ぢず。東南より海を入れて、江の中三里、浙江の潮をたたふ。島々の数を尽して、欹つものは天を指さし、ふすものは波に匍匐ふ。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負へるあり抱けるあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹きたわめて、屈曲おのづからためたるがごとし。その気色窅
然として美人の顔を粧ふ。ちはやぶる神のむかし、大山つみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽くさむ。
雄島が磯は地つづきて海に出たる島なり。雲居禅師の別室の跡、坐禅石などあり。はた松の木陰に世をいとふ人もまれまれ見え侍りて、落穂・松笠などうちけぶりたる草の菴閑かに住みなし、いかなる人とは知られずながら、先づなつかしく立ち寄るほどに、月海にうつりて、昼のながめまたあらたむ。江上に帰りて宿を求むれば、窓をひらき二階を作りて、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで妙なる心地はせらるれ。
松島や鶴に身をかれほととぎす 曾良
予は口をとぢて眠らんとしていねられず。旧庵をわかるる時、素堂松島の詩あり。原安適松がうらしまの和歌を贈らる。袋を解きてこよひの友とす。かつ、杉風・濁子が発句あり。 |
|