玉 生
陰暦  4月 2日
(5月20日)
 「芭蕉と一緒に旅した曾良(そら)ってどんな人?」

 武士の身分を捨てて俳諧(はいかい)の道に進んだ曾良は、日頃から芭蕉の身の回りの世話をする誠実な人物でした。「おくのほそ道」の同行者に選ばれたときは41歳。とても感激して、旅への覚悟を示すために頭をそり、僧の姿になりました。芭蕉のマネージャー役として、名所の事前調査や訪問先への連絡、宿・舟・馬の手配など、心をこめて芭蕉につくしました。
 東北から北陸まで芭蕉といっしょに旅をした曾良ですが、山中温泉(石川県)でお腹をこわし、養生(ようじょう)のため知り合いをたよって一人旅立つことになります。
     「行き行きてたふれ伏すとも萩の原」
  (旅を続け続けたあげくに倒れて死んだとしても、萩の原で死ぬのならば本望だ。)
  曾良が芭蕉との別れによんだ句です。旅先での出来事を記録した「曾良旅日記」を読むと、「おくのほそ道」の内容をより深く味わうことができます。

山中温泉芭蕉の館前の芭蕉と曾良の別れの像
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