敦 賀
陰暦  8月14日
(9月27日)
 漸う白根が嶽かくれて、比那が嶽あらはる。あさむづの橋をわたりて、玉江の蘆は穂に出でにけり。鶯の関を過ぎて、湯尾峠を越れば、燧が城。帰山に初雁を聞きて、十四日の夕ぐれ、敦賀の津に宿をもとむ。
 その夜、月殊晴れたり。「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路の習ひ、なお明夜の陰晴はかりがたし。」と、あるじに酒すすめられて、気比の明神に夜参す。仲哀天皇の御廟なり 。社頭神さびて、松の木の間に月のもり入りたる、御前の白砂霜を敷けるがごとし。「往昔遊行二世の上人大願発起の事ありて、みづから草を刈り、土石を荷ひ泥渟をかはかせて、参詣往来の煩ひなし。古例今にたえず、神前に真砂を荷ひ給ふ。これを遊行の砂持と申し侍る。」と、亭主のかたりける。
      月清し遊行のもてる砂の上
十五日、亭主の詞にたがはず雨降る。
      名月や北国日和さだめなき
 朗 読


止
月清し 遊行のもてる 砂の上
つききよし ゆぎょうのもてる すなのうえ

名月や 北国日和 さだめなき
めいげつや ほくこくびより さだめなき
 進むにつれ、しだいに白根が嶽が見えなくなって、今度は比那が嶽が現れてきた。あさむつの橋を渡っていくと、玉江の蘆は穂が出てしまっていた。鴬の関を通り過ぎて湯尾峠を越えると、燧が城に出て、そして帰山で初雁の声を聞いて、十四日の夕暮れに敦賀の港に着き、宿を取った。その夜、月が格別に美しく晴れていた。「明日の十五夜もこのようによい天気でしょうか」と聞くと、「北陸の習わしとしては、やはり明日の夜が曇りか晴れかは予想できません」と言う。そんな主人に酒を勧められて、気比の明神に夜参りをした。ここは仲哀天皇の御廟である。神社の前は神々しくて、松の木の間に月がさし込んでくる、それが社前の白砂を霜が敷いたようにしている。「その昔、遊行二世の上人が大願を思い立ったことがあって、自分自身で草を刈り、土や石を背負って運び、泥や水たまりを乾かしたので、参詣のために行き来することに問題がなくなった。その昔のしきたりが今でも絶えることなく続いていて、代々の遊行上人が神前に砂を背負ってお運びになる。これを遊行の砂持ちと申しております」と、宿の主人が話してくれた。
      月清し遊行のもてる砂の上
  
 <月が清らかで美しい。遊行上人が持って運んだ砂の上を明るく照らしているよ。>
十五夜は、宿の主人の言ったとおり雨が降った。
      名月や北國日和さだめなき
   
<今日は仲秋の名月なのに雨が降っていることよ。本当に北国の天気はあてにならないものだなあ。>

 
 ※ 現代語訳 土屋博映中継出版「『奥の細道が面白いほどわかる本 」中経出版の超訳より
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