元禄2年5月28日(1689.7.14)、大石田を訪れた芭蕉は高野一栄宅で3泊し、芭蕉と曾良、地元の一栄と高桑川水の4人で9句ずつ、計36句の歌仙を巻いています。 俳諧の道に熱心であった2人に頼まれて、新しい俳諧(蕉風俳諧)の指導を行ったのです。芭蕉自ら清書した歌仙が大石田の地に残っています。(最上川懐紙参照) 初折表六句…懐紙(かいし)の1枚目の表に6句書く。 初折裏…懐紙(かいし)の1枚目の裏に12句書く。 名残の折表…懐紙(かいし)の2枚目の表に12句書く。 名残の折裏…懐紙(かいし)の2枚目の裏に6句書く。 「さみだれを」の歌仙を見ると、夏からはじまり、恋の歌、月の歌、秋、冬、春と内容が変化しています。 芭蕉は「おくのほそ道」の本文で「この旅の風流ここに至れり(この地に蕉風の種をまくことになった)」と、歌仙を巻いた感動を伝えています。 ここでは36句の中から初折表六句と名残六句を紹介します。どのような工夫をしながら句を付けているのか、発句から挙句に至る変化のおもしろさを楽しみましょう。 |
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№ | 名称 | (上段)句<よみ> (下段)訳 | 作者 | 備考 |
1 | ほっく 発句 (575) |
さみだれをあつめてすずしもがみ川 <さみだれを あつめてすずし もがみがわ> |
芭蕉 | 最上川の豊かな流れが運んでくる涼しい風が、旅の疲れをいやしてくれます。夏の暑さの折、最上川のほとりにある一栄宅の居心地の良さを「涼し」と表現しています。 発句は、招かれた客が、主人への挨拶として作ります。季語を詠みこむという決まりがあります。 ※夏「さみだれ・涼し」 |
降り続いた五月雨を集めて涼 しい最上川よ。 | ||||
2 | わきく 脇句 (77) |
岸にほたるを繋ぐ舟杭 <きしにほたるを つなぐふなぐい> |
一栄 | 一栄は舟問屋を営んでいました。我が家は舟杭に舟もつながず、蛍が飛んでいるばかりのところですと、謙遜(けんそん)して挨拶を返してます。涼しげに光る蛍を芭蕉にたとえて、私の船宿に宗匠をお招きできてうれしい、いつまでも舟杭に繋ぎとめておきたいという気持ちをこめています。 発句と同じ季節、同じ場所、同じ時刻の句とする決まりがあります。 ※夏「蛍」 |
岸に舟ではなく、蛍をつないでいる舟杭(ふなぐい)である。 | ||||
3 | 第三句 (575) |
瓜ばたけいざよふ空に影まちて <うりばたけ いざようそらに かげまちて> |
曾良 | 最上川の岸辺から、大石田の広い野に情景を移して詠んでいます。 三句目は発句・脇句の世界から離れて気高くのびのび詠むことになっています。 ※夏「瓜畑」 第五句で秋の月の句を詠む決まりがあるのですが、二句引き上げて詠んでいます。 |
岸辺に続く瓜畑(うりばたけ)の空から、いざよう月の出を待つうちに。 | ||||
4 | 第四句 (77) |
里をむかひに桑のほそ道 <さとをむかいに くわのほそみち> |
川水 | 瓜畑の近景に対して村里の遠景を詠んでいます。高桑川水は大石田の村の大庄屋の隠居であり、さりげなく自己紹介をしています。 |
桑畑のほそ道の向こう側に見える蚕(かいこ)を飼う村里。 | ||||
5 | 第五句 (575) |
うしの子にこころなぐさむゆふまぐれ <うしのこに こころなぐさむ ゆうまぐれ> |
一栄 | 桑畑のほそ道の里あたりにいる牛の子を見て心温まる気持ちを詠んだ素朴な句です。 |
仔牛(こうし)にさびしさもなぐさめられる夕暮れであるよ。 | ||||
6 | 第六句 (77) |
水雲重しふところの吟 <すいうんおもし ふところのぎん> |
芭蕉 | 牛の子から中国の詩人を連想しています。「水雲重し」とは雨雲が低く垂れ込めているさまです。流れる水や行く雲のように漂泊する旅人が、垂れ込める雨雲の下を、詩句を考えながら歩いている様子を詠んでいます。 |
懐中の詩稿に「水雲重し」と詠じつつ。 | ||||
第七句(575)から第18句(77)は省略 | 途中で恋の句、月の句、花の句を詠む決まりがあります。 | |||
第19句(575)から第30句(77)は省略 | 途中で月の句を詠む決まりがあります。 | |||
31 | 第31句 (575) |
雪みぞれ師走の市の名残とて <ゆきみぞれ しわすのいちの なごりとて> |
曾良 | 乗合の舟の中で口論する様子を詠んだ前句を受けて詠まれた句です。 ※冬「雪みぞれ・師走」 |
雪がみぞれまじりになって降る、師走の市も終わりに近づくあわただしさの中で | ||||
32 | 第32句 (77) |
煤掃の日を草庵の客 <すすはきのひを そうあんのきゃく> |
芭蕉 | 師走の市の騒がしさに対して、世間を離れてわび住まいをする風流人の静けさを詠んでいます。 ※冬「煤掃」 |
煤掃の日に客を迎えた草庵。 | ||||
33 | 第33句 (575) |
無人を古き懐紙にかぞへられ <なきひとを ふるきかいしに かぞえられ> |
一栄 | 客は歌人か連歌師を連想しています。古い懐紙を取り出して、以前そこに名前を書いた人が今はもういないのだと、しのんでいる様子を詠んでいます。 |
古い懐紙を取り出して、亡くなった人の数をしのんで。 | ||||
34 | 第34句 (77) |
やもめがらすのまよふ入逢 <やもめがらすの まよういりあい> |
川水 | やもめがらすは無人から、からすは古き懐紙からの連想です。亡き人をしのぶ草庵の中に対して、連れそう相手のいないからすの外景を付けています。入相の鐘は夕暮れにつく鐘のことです。 |
山に帰るやもめがらすが迷い飛ぶ入相の鐘の鳴る頃。 | ||||
35 | 第35句 (575) |
平包あすもこゆべき峯の花 <ひらつつみ あすもこゆべき みねのはな> |
芭蕉 | からすの鳴き帰る夕暮れ空を仰ぎ見る旅人のイメージで詠んでいます。平包は袋包に対して、風呂敷包みのことです。 春の花の句を詠む決まりがあるので、桜咲く山頂のイメージに転換しています。 ※春「花」 |
旅の風呂敷包みを背負って明日越えようあの花の峰を。 | ||||
36 | あげく 挙句 (77) |
山田の種をいはふむらさめ <やまだのたねを いわうむらさめ> |
曾良 | 村雨はひとしきり降って止むにわか雨のことです。 春の句で穏やかに終わる決まりがあるので、穏やかな山村風景を挙句としています。 ※春「種をいはふ」 |
山にある田に籾種(もみだね)をまく日を祝うかのように降る村雨 |
<「さみだれを」歌仙> 最上川懐紙 <芭蕉滞在地跡にある連句碑> |
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