若一神社(京都)

  平清盛  清盛が熊野詣でに参った際、「土中に隠れている 御神体を探せ」とのお告げがあり、帰京して探したところ、『若一王子(熊野権現の第一王子)』の御神体を発見し、邸宅内に社を造りこれを祀ったのが若一神社の始まりとされています。 翌年、清盛は太政大臣に任ぜられ平氏の勢威がのびたことから、開運出世のご利益があるとされています。


平清盛西八殿跡石碑


平 清盛像


清盛手植えの大楠
ここは平清盛が六波羅在住の頃、別邸として西八条殿を建てたところだそうです。広大な敷地に清盛の屋敷を中心として50もの館が集まっていたそうです。 清盛の束帯姿の像は珍しく、この像を見に多くの人が訪れるそうです。 この大楠は清盛が太政大臣に任ぜられた際、それを感謝し自らの手で植えたと伝えられる御神木です。邸宅に火が投げかけられてもこの楠だけは焼け残ったそうです。


平家物語にある祇王の歌碑


清盛ゆかりの御神水「神共水(じんぐすい)」
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平家物語第1巻「祇王」で記述のある和歌の碑です。
(和歌の扉にもあります。)
清盛の熱病を冷やすために使ったと言われる御神水があります。この神共水は、開運出世の水として、地元では新生児誕生の産湯としても使われています。