これらの邸宅はかつて天皇がお出ましになった所である。保元の昔は春の花と栄えた都はあっという間に灰となり、寿永の今は秋の紅葉のように落ち果ててしまった。内裏(だいり)の警護役として上洛(じょうらく)し、平家に留め置かれていた東国武士、畠山重能(はたけやましげよし)ら三人は、都落ちに先立って斬(き)られるはずであったが、故郷で嘆き悲しんでいる妻子を思いやる知盛の進言によって解放される。「お前たちの魂(たましい)は今、東国あるだろう。ぬけがらだけを西国に連れて行くこともない。」という言葉に、涙ながら故郷に帰って行った。
<原文> 或いはせいしゆりんかうのちなり。ほうけつむなしく礎を残し、らんよただあとをとどむ。或いはこうひいうえんのみぎりなり。せうばうの嵐声悲しみ、えきていの露色うれふ。さうきやうすゐちやうのもとゐ、よくりんてうしよのたち、くわいきよくのざ、えんらんのすみか、たじつのけいえいをむなしうして、へんしのくわいしんとなり果てぬ。いはんやらうじうのほうひつにおいてをや。いはんやざふにんのをくしやにおいてをや。よえんの及ぶ所、在々所々すじつちやうなり。きやうごたちまちに滅びて、こそたいのつゆけいきよくにうつり、ぼうしんすでに衰へて、かんやうきうのけぶり、へいけいをかくしけんも、かくやとぞおぼえける。日頃はかんこくじかうのさがしきをかたうせしかども、ほくてきのためにこれを破られ、いまはこうかけいゐの深きを頼みしかども、とういのためにこれをとられたり。あにはかりきや、たちまちにれいぎ卿をせめいだされて、泣く泣くむちのさかひに身を寄せんと。昨日は雲の上にて天を下すしんりようたりき。今日はいちぐらのほとりにみづを失ふこぎよのごとし。くわふくみちを同じうし、じやうすゐたなごころをかへす。いま目の前にあり。たれかこれを悲しまざらん。保元の昔は春の花と栄えしかども、寿永の今はまた秋の紅葉と落ち果てぬ。